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大阪高等裁判所 昭和45年(ラ)404号 決定

抗告人 大谷甚三郎

右訴訟代理人弁護士 小山孝徳

相手方 日立造船株式会社

右代表者代表取締役 永田敬生

〈ほか一名〉

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告の趣旨と理由は別紙記載のとおりである。

なお、抗告人の主張の要旨は、原決定の申請の理由の要旨の記載と同一であるので、みぎ記載を引用する。

当裁判所は、原決定と同様に、抗告人の申請を失当として却下するものであるが、その理由は、つぎのとおりの変更、追加および削除をするほか、原決定記載の判断と同一であるので、みぎ記載をここに引用する。

一、原決定二枚目表一一行目から同一二行目にかけての「その主張のような傷害」との記載から、同枚目裏一二行目から同最終行目にかけての「現在に至っていること」との記載までを削除し、その代りに、つぎのとおり追加する。

「左肩打撲傷を負わせたこと、および、みぎ傷害が相手方東亜外業の責任に帰すべき原因(民法七一五条ないし七一七条による責任)によるものであることは、一応の疎明があるが、抗告人が抗告人主張のその余の各傷害を受けたこと、および抗告人主張の各症状が抗告人主張の事故による抗告人の受傷に由来するものであることの疏明がない。殊に記録によると、本件事故は昭和四二年二月一一日発生し、事故直後における抗告人の打撲痛は我慢できないほどのものではなく、同日および同月一三日の二日間日立造船健康保険組合の築港診療所において簡単な治療を受けたが、その当時には、特に異常を認めなかったし、抗告人も事故後三日程出勤したので、加害者についてそれ以上の氏名の確認等の追及をしなかったこと、その後抗告人は、同年三月四日から昭和四五年三月一六日までの間大阪厚生年金病院で治療を受け(治療の内分けは、同病院脳外科で昭和四二年三月二七日から昭和四五年三月一六日まで、うち入院期間は昭和四二年八月一四日から同年九月四日まで、昭和四三年四月二七日から同年五月一日まで、同年八月一五日から同年九月四日までの三回、その余の期間は通院、同病院外科で昭和四二年三月四日から昭和四四年一一月一八日まで全部通院、同病院眼科で昭和四三年七月二六日から昭和四五年六月一九日まで通院となっている。)ながら、事故発生後三年以上経過するまで相手方らに対して損害賠償請求の訴訟の提起や調停の申立をしていないことが認められ、みぎ事実によると、本件事故と抗告人主張の各症状との間の因果関係については少なからぬ疑問があり、その存否の判断には治療に当った各医師の鑑定証言や医学者の鑑定等を経なければ正確を期し難いものがあるので、みぎ判断の資料の蒐集は訴訟手続における証拠調をもってするのが相当で、仮処分手続における疏明のような簡略な方法をもってしても、十分な効果は期待できない。」

二、同三枚目表六行目末尾の次に、行を変えて、つぎのとおり追加する。

「本件仮処分申請中相手方日立造船に対する部分に関しては、被保全権利の存在についての疏明は全くない。すなわち、同相手方は相手方東亜外業に対する造船工事の注文者(元請負業者)にすぎないので、本件事故原因の行為者、行為者の雇主、または造船工事施設または工事中の船舶の占有者のいずれにも該当しないし、そのほか本件事故による抗告人の損害に対してなんらかの賠償責任を負うべき者に該当することの疏明がない。

元来、金銭債権の保全方法としては、雇傭、賃貸借その他の継続的権利関係に由来する金銭債権の場合は別として、その他の原因に由来するものについては、原則として仮差押のみが許され仮処分は許されないばかりでなく、保全の必要の有無の点に関しても、債務者が資産を隠匿して支払いを免れるおそれや債務者の資産状態が悪化して支払いが困難になるおそれがある等、権利の実現を困難にする事情が債務者の側にある場合に限って保全の必要があると云うことができるのであって、債権者の貧困等、債権者の側のみに存する速やかに金銭の支払いを受ける必要は、権利の実現の不能や困難のおそれとは関係がないので、いわゆる保全の必要には該当しないと云わねばならない。もっとも、自賠法三条に基づく損害賠償請求の場合には、継続的法律関係に由来する金銭債権ではないのに、債権者の貧困等債権者の側に存する即時支払いの必要に基づいて無担保で金銭支払いを命ずる仮処分が認容された事例があるけれども、それは、一面においては、当該事故による被害者の死傷が原因となって、債権者が収入の途を失なってその日の生活費、治療費にも事欠く事態に陥っている場合には、社会政策的な見地から、保全制度本来の建前に反していても、債権者に対して迅速な救済を与えざるを得ない事情にあったからであり、他面においては、自賠法三条による損害賠償請求の場合には、債務者が免責事由の立証責任を負っているために、債務者がある程度の金額の賠償責任を負っていることは、訴訟手続による証拠調をまつまでもなく事案自体から明確なことが多いので、このような場合に、債務者に対してみぎ明確な金額の範囲内で金銭の即時支払いを命じても、債務者に不測の損害を被らせるおそれも少なく、公正を害しないからであって、このような先例は、他の原因に由来する金銭債権一般に拡張準用できるものでないことは明らかである。

本件の場合には、抗告人は本件事故によって傷害を受け、そのために収入の途を失い、その日の生活費や治療費にも事欠く事態に至っていると云うのであるから、その点においては、自賠法三条に基づく損害賠償の請求について金銭支払いを命ずる仮処分の許容される場合に類似しているけれども、前述のように、本件事故は交通事故でないばかりか、事故と抗告人のその後の症状との間の因果関係の存在については少なからぬ疑問があり、その疏明が極めて困難である点において、自賠法に基づく請求権の場合と異なっているから、安易に無担保で金銭の支払いを命ずる仮処分を許容することができない事案であることを知ることができる。

結局、本件仮処分申請は、いずれの相手方に対する分についても、無担保で金銭支払いの仮処分を許容するに足りる被保全権利の疏明がないし、担保を供させて仮処分を許すべき場合にも当らないから、その余の点について判断するまでもなく、却下を免れないわけである。」

以上の当裁判所の判断と結論において同旨の原決定は相当で、本件抗告は棄却を免れないので、民訴法四一四条、三八四条、八九条を適用し主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 三上修 裁判官 長瀬清澄 古崎慶長)

〈以下省略〉

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